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とらぴでにたくさん

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改めてシン・ゴジラの感想(ネタバレあるよ!)(あとやっぱり自己満足考察クソ長い)

trpdetc.hatenablog.jp

こんな記事書きました。楽しかったけどどうなんだこの中身。

というわけで、改めて「シン・ゴジラ」の感想をざくざくと書いていこうと思います。

やっぱりというか結構思うままだらだら書きなので読みやすさは絶無です。それと割と台詞とかはうろ覚えです。1回しか見てないからね。更にものすっっっっっっごく今更な話がポンポン出てきます。

 

○災害としての「ゴジラ

ゴジラは災害です。自然災害とは区別しなければならないが、生物の「災害」である。台風や地震と区別しなければならない事象であるのは間違いありませんが、被害をもたらすものであると考えるならば同じものです。これは作中の赤坂さんのセリフに代表されるように、対処に当たる関係者全てで共有されている認識です。

災害であるということは、被害建造物があり、被害者がいて、途方もない被害総額が導き出されています。被害建造物があるということはそれの解体および再建が必要となり、被害者がいるということは彼らへの金銭的補償を必要とします。しかし被害総額の膨大さはこれらを酷く困難にします。…同じような状況を、私達は体験していますね?

2011年3月11日、東日本大震災です。

今回のゴジラとその被害状況はほぼ確実にこれの再現でしょう。私当時山梨に住んでまして、ぶっちゃけ途中見ててつらかったよ。災害の状況より、逃げる人たちの姿がきつかった。兎にも角にも災害というのは国を大きく疲弊させます。それが首都圏であればなおさら。あれは南海トラフの警告でもあるのかもしれませんね。

という今更な感じのをチェックするのは、以後のお話に関わるからでして。

 

○生物としての「ゴジラ

ゴジラは災害であると同時に生物でもあります。ただし完全生命体に近い特殊仕様ですが。生物として見た場合、その進化スピードもさることながら成長速度そのものが興味深いですね。第三形態になって海に帰って第四形態になって戻ってくるその間がどのくらいの期間あったかはいまいち分かりませんが、少なくとも鉄道が殆ど復旧してある程度日常に戻って対策本部作って考察してってとこまでできる程度には時間があったわけで、更にヤシオリ作戦は色々ぶっ壊した後2週間ちょい?つまり第一形態確認から沈黙まで最大でも1か月無いくらいですよね。その間にあのサイズににょっきにょっきにょっきにょっきでっかくなったのは割と興味深い。放射性物質による影響は成長不完全はあっても歪肥大はなかったような気がしなくもないんだけどどうだっけ。まあ放射線に耐えうる細胞群とDNAですから一般生物基準で考えちゃいけないでしょう。食事は基本的に無し、原子炉による体内生産でまかなっていると推測されています。最初のひとかけらぶち込んどけば高効率なエネルギー源ですからね。理に適ってますな。しかしその構造上熱をためやすく、結果放熱のために水につかったり、自己冷却機能を体内に保有するようになったりするわけですが。

ちなみに、めっちゃくちゃ個人的な意見としてゴジラって核兵器食べちゃえそうじゃないですか?核兵器使ったらそのエネルギー吸収してカウンター仕掛けてくるイメージがあります。14年版ハリウッドゴジラ核兵器を使ってると聞いたので実は見て見たいんだが見る機会を逸してるんだよな閑話休題

生物的に見れば放熱さえきちんと行えれば食事の要らない、つまりエネルギー生産ができる環境である限りどこでも生きていける非常に優秀な個体であると考えられます。これでもうちょっと人類への脅威度が低くて小さくて愛玩生物系だったら間違いなくキモペットととして名をはせていたでしょう。飼育してると放射線濃度が上がるのが問題ですが。

 

○神としての「ゴジラ

「災害」としての破壊力を中核に、「生物」としての優秀性を備えたゴジラですが、彼の名前は元は神の名です。つまり、ゴジラには「神」の側面も考えていく必要があるのです。

神とはなんぞやと考えた場合、日本ではまず「祟るもの」です。そもそも須らく災害は日本において「神の祟り」とされてきました。その点からも、「災害」であるゴジラは「神」という側面を持っていなければなりません。祟るもの、つまりタタリガミの状態である神は、神とは名ばかりで恐ろしいほどの瘴気をまき散らします、歩く道、行く先全てを瘴気で満たすようにうごめくのです。「もののけ姫」のタタリガミの道行きを想像して頂ければ分かりやすいでしょうね。撒き散らすもの、ゴジラもありましたね。はい、放射線、そして放射性物質のことです。第一~第三の状態はまだ神の神性が残る「荒魂」の状態です。既に瘴気に相当する放射性物質をふりまいてはいますが、量はさほど多くありません。動いた道が腐す程度です。しかし第四形態は違います。熱線という遠距離砲を持ったあの姿は、周囲を全て腐らせてしまうタタリガミに等しいでしょう。

ちなみに日本神話で実質初の災害をモチーフにした可能性のあるタタリガミは「八岐大蛇」です。諸説ありますが八岐大蛇はたびたび氾濫を起こし多くの命を奪っていた斐伊川を基とする説があります。災害に浚われる命を、アシナヅチテナヅチから奪われる娘たちに託したのでしょう。現代でも多くの作品で悪役として描かれる八岐大蛇ですが、氾濫すると言えど川の源流がある山に住むとされる山神である水神とする説もあり、民間信仰も存在する立派な神様。氾濫は「荒魂」の荒れる姿ともとれます。

さて、神の部分を如実に表しているのは、第二形態から第三形態に進化していくのを見た矢口さんの「すごい」という一言だと思います。神仏の威容を間近で感じてしまえば、ひとはああいう反応しかできないでしょう。おそらく、もし解析もできない昔であれば、「祟りじゃ、我らは悪しきことをしでかしたために神の祟りを受けたのじゃ」で多くの人がまとめて亡くなっていたでしょう。しかし今は現代です。進んだ科学は空想を暴きます。矢口さんは第三形態の海への退却後、巨災対を取りまとめる立場になり、「生物」のゴジラを追い続けることになります。これは「祟り」という虚構で偶像のものから、「生物」という現実で物質的なものへと意識を切り替えたわけです。けれど心のどこかであれを神の一種と思っていたのかもしれません。

彼の名づけた最終作戦の名前は「ヤシオリ作戦」ヤシオリとは八岐大蛇伝説にて八岐大蛇=化け物にして「神」を「眠らせた」、超強いお酒=「のみもの」です。

古来より神を昏倒させるにも化け物を昏倒させるにも使われてきたのが酒です。酒は酩酊させ眠らせるのが神や化け物への対処として強く用いられてきた方法でした。

ゴジラにとって、この酒に相当するのが「凝固剤」です。しかも「のみもの」です。経口摂取です。

タタリガミともとれるゴジラを倒す、眠らせるものに対して、これほど素晴らしいネーミングセンスもありません。

また、八岐大蛇伝説に関しては「アメノハバキリ」も登場します。これは伝説で八岐大蛇の頭を全部ぶった切った剣の名前なのですが、今回、「喉に突っ込む」クレーン群の名前として登場します。無理やりですがこれもあやかったものですね。

神仏に祈ることをしていないという話もありましたが、とんでもないです。正面からの祈りはありませんが、これは名前こそが護符であり祈りです。

しかし同時に、神の祟りという不確実な虚構への反逆でもあります。

災害を「人知の及ばぬ力で起こされた祟り」としてきた日本という国が、災害を「対処可能で対処せねばならぬ現実」として立ち向かったのですから。

 

○「ゴジラ」のあとの現実

さて、まあこんなくっそ長く書いといてアレですが、結局最後に残るのは山のような残処理という現実。ええ結局虚構と現実なら現実が勝つんです。虚構と現実どっちが残るって言ったらそりゃ現実しか残らないのです。今回それを改めて痛感するのが全部全部ぜーんぶ通常兵器であれやこれやなんとかしたからです。お役所がきっちりお役所としての責務を果たしまくっていたからです。現実は常に追いかけてくる。ああ無情。

ただこの世界で何が違うかと言えば、ゴジラは海に帰ることがなかったという点ですね。

虚構の実在を確かめられる直球の物体が残ってしまった。

今後、彼らは現実と向き合いながら、虚構をサイクルに組み込んでいくしかないのです。それは共に暮らす中で忘れてはいけないのに忘れてしまいそうになって、しかし絶対に忘れたころ戻ってくる虚構。サイクルに組み込んで忘れないように回していくのが現実のお仕事です。そんな困難な仕事やりたくないでしょうね。でもやんなきゃいけない。やっぱり現実って世知辛いですね。

 

ゴジラ以外でもいっぱい触れたいところがあったんだけど、あまりにも多すぎた上に情報の処理が追いついてないのでまた別の機会に!というか生物の部分もっと掘り下げたかったんでまた後で書き直すと思う!